■ 誓いのレーテー



人は忘れる生き物だ。



1.はじめに

 このシナリオは『クトゥルフ神話TRPG(第六版)』に対応したシナリオである。(が、もちろん、遊ぶ際には第七版用に調整いただいても構わない。)
 このシナリオの舞台は現代日本を想定している。季節は特に指定しない。
 また、このシナリオには探索者ごとのハンドアウトと、全員に共通の事前質問がある。

 KPが過去に使用した探索者を、重要NPCとして扱うシナリオである。
 このシナリオの探索者は、過去に重要NPCと探索を共にしたことがある、あるいは、何かしら因縁のある関係であることが望ましい。

 探索者らの選択によっては、重要NPCが特殊なロストを果たしたり、探索者らが特殊な後遺症を抱えたり、世界が滅んだりする可能性がある。

 
・プレイ人数:1~4名向け
・プレイ時間:音声で4~6時間程度、テキストで20時間程度。
・本文:
・推奨技能:≪図書館≫、≪聞き耳≫
・特記事項:ハンドアウト制(採用は任意)、事前質問あり、稀にPvPが発生する可能性あり、KPの探索者をNPCとして登場させる


本シナリオの忘却ギミックは720n様制作『知の代償』に影響を受け、設けられました。知の代償はいいぞ。
シナリオ公開を快く許可くださり、ありがとうございます。


シナリオ冒頭概要


その日は、【苗字名前】と探索者らで、どこかに出かける予定だった。

『ごめん、遅れる』

【苗字名前】から、そんなメッセージが届く。

――雨が降る。
ぽつり、ぽつりと雨が降る。
雨足は次第に強まり、滝のような豪雨に変わる。

【苗字名前】がその日、集合場所に現れることはなかった。
そしてそれ以降、【苗字名前】からの連絡は途絶えている。




ハンドアウト(事前情報)

・HO1
貴方は最近、【苗字名前】が病院に行ったことを知っている。受診したのか、はたまた見舞いだったのか、それとも別件かは不明である。

・HO2
貴方は最近、【苗字名前】の筆跡が変わったことを知っている。さほど異なりはしないが、微妙に癖が違う気がする。

・HO3
貴方は最近、【苗字名前】が【苗字名前】ではないように感じることがある。こんな考え方をする人だっただろうか……?

・HO4
貴方は最近、【苗字名前】がよく手帳を見ていることを知っている。黒い革張りの手帳である。




事前質問


この質問には、PLではなく探索者として回答を行う。特に記載がない場合、複数回答可である。
1.貴方の大切にしている信条を教えてください。
2.その信条を持つ切っ掛けとなった出来事や、持つに至った理由を教えてください。
3.貴方にとって、抱えていることに負担を伴う記憶は何ですか。
4.貴方が一番失いたくない記憶は何ですか。(一つだけ)
5.【苗字名前】にまつわる、自身も関わる出来事で、貴方が印象に残っていることは何ですか。(一つだけ)




備考


・たとえ記憶を失っても、貴方は貴方でいられますか?
・その人をその人たらしめているものはなんですか?
・忘れた方が「幸せ」なことはありますか?

こういった問いかけが好きな方には、お楽しみいただけると思います。




▲上に
以降、KP向けシナリオ情報。

















2.KP向け情報

 重要を知る人たちに、重要NPCの信念やアイデンティティを人質まがいにして探索してもらおう。そんなシナリオです。  重要NPCが過去の探索でしんどい経験をしていると、シナリオの題材と相性がよいことでしょう。
KPに処理をお任せ(丸投げ)している箇所があるので、回すのには多少準備が必要です。

【苗字名前】
 【関係者】




シナリオ背景

「レテの平原」は、表向き温厚な宗教団体だが、その実ヴルトゥームを信仰するカルト教団である。
彼らはヴルトゥームが地上を支配する日を夢見ている。

記憶と人格には密接な関係がある。
そのため、彼らは"レテの水"を用い、人々の記憶を奪うことでその人格を揺らがせ、ヴルトゥームの支配の入り込む隙を作ろうとしていた。

"降雨装置"はより多くの人間に"レテの水"の効果を及ぼすためのものだ。
"レテの水"を雨として降らせ、人々に忘却を齎す。原液では効果が強すぎるため、薄めた"レテの水"を何度も降らせることで、徐々に、徐々に浸透させようとしていた。

("レテの水"、"降雨装置"は全てヴルトゥームによってもたらされた科学技術によるものである)

この計画を進めるにあたり、【関係者】は教団にとって邪魔な位置にいた。
教団関係者は【関係者】に害を及ぼそうとしたが……【苗字名前】が庇い、代わりに記憶を失うことになった。

月森葵。彼女は"レテの水"の齎した忘却に救われた者である。しかし、彼女が罪の意識から逃れきることはできなかった。まだ、彼女は救われたがっている。そしてそれには、完璧な忘却と世界の漂白(リセット)が必要だ。
教団の計画には加担していない。ただ"降雨装置"がそういうものだと、御使いの一人から聞かされ知っていた。
忘却こそが人々を、世界を救うと信じ、そのエゴをもって自身を救おうとしている。たすけてかみさま。

このシナリオのクリア条件は、"降雨装置"を停止させることである。



忘却事象について

このシナリオにおける忘却事象は、三つ存在する。

一つ目は、"降雨装置"を原因とした忘却。
「7.探索中差し込みイベント」で探索者らが遭遇するものであり、記憶を取り戻すためには"降雨装置"の破壊が要される。

二つ目は、"レテの水"を原因とした忘却。
【苗字名前】の忘却がこれにあたる。基本的に記憶の回復手段はない。唯一の例外が"ムネモシュネの燭台"を用いることである。

三つ目は、"ムネモシュネの燭台"を原因とした忘却。
【関係者】の忘却がこれにあたる。レテの水同様、基本的に記憶の回復手段はない。唯一の例外が"ムネモシュネの燭台"を用いることである。
……戻ってきた【苗字名前】は、【関係者】のためにしれっと燭台を使ったりするかもしれませんね。




▲上に

3.前提

・重要NPC
KPの自探索者のデータを使用。このシナリオ中はNPCとして扱う。
以降、このNPCを【苗字名前】と表記する。


ハンドアウト(事前情報)

シナリオ導入のための飾りなので、適宜内容を改変いただきたい。

・HO1
貴方は最近、【苗字名前】が病院に行ったことを知っている。受診したのか、はたまた見舞いだったのか、それとも別件かは不明である。

・HO2
貴方は最近、【苗字名前】の筆跡が変わったことを知っている。さほど異なりはしないが、微妙に癖が違う気がする。

・HO3
貴方は最近、【苗字名前】が【苗字名前】ではないように感じることがある。こんな考え方をする人だっただろうか……?

・HO4
貴方は最近、【苗字名前】がよく手帳を見ていることを知っている。黒い革張りの手帳である。




事前質問

セッション開始前に、探索者に関して下記の内容の事前質問を行う。事前質問5は省略可。
PLではなく、探索者として回答してください。特に記載がない場合、複数回答可です。

1.貴方の大切にしている信条を教えてください。
2.その信条を持つ切っ掛けとなった出来事や、持つに至った理由を教えてください。
3.貴方にとって、抱えていることに負担を伴う記憶は何ですか。
4.貴方が一番失いたくない記憶は何ですか。(一つだけ)
5.【苗字名前】にまつわる、自身も関わる出来事で、貴方が印象に残っていることは何ですか。(一つだけ)

ここでKPは、各PCの回答を他PLに共有してもよいし、しなくてもよい。
(事前に共通認識としてあると、進行がスムーズかもしれない)

※補足
なおこのシナリオ中、"レテの水"により、【苗字名前】はこの2にあたる出来事や理由を忘却している。そのため、1の信条がぐらぐらのブレブレになっている。
【苗字名前】を【苗字名前】として繋ぎ止めているもの、それが4の記憶である。その記憶はおぼろげながら、しかし確かに【苗字名前】を支えている。
3の記憶についてはすっかりしっかり忘れている。ヨカッタネ。
その他、探索者らのことを忘れていたり、自分の名前を認識することが難しかったりと、【苗字名前】はボロボロである。




(KP向け)事前準備

【苗字名前】を取り戻す際、探索者は"記憶の欠片"の選択を5回行うことになる。(詳しくは「・【苗字名前】を取り戻す」)

KPは5回分、[記憶の断片]の二択を用意する。どちらがより【苗字名前】に適切か、探索者は考え、選び取ることになる。

※備考
・この回数は増やしても減らしてもよい。また、設問の難易度はKPにお任せする。
・探索者各々の【苗字名前】にまつわる記憶+全員向けの記憶、とすると程よい。

[記憶の断片]は、どんな形をしていてもよい。
【苗字名前】に関係する小物(触れると光景がフラッシュバック)、手記、写真のような形であれば分かりやすいだろう。




▲上に

4.主要NPC

・【苗字名前】
KPの自探索者のデータを使用。このシナリオ中はNPCとして扱う。重要NPC。


・【関係者】
【苗字名前】に執着している者。【苗字名前】の設定に適切なNPC設定を設けるとよい。
【苗字名前】はこの【関係者】を庇って"レテの水"を飲んだ。(あるいは、浴びた)

一度、【苗字名前】を取り戻すことに挑戦して失敗し、何故自身が【苗字名前】に執着していたのか、その理由を忘れてしまった。ただこの人でなければだめなのだ、という感覚だけが残り、今に至る。
【苗字名前】が抱えていた苦しい記憶から解放されたことに関しては、肯定的にみている。

探索者たちと【苗字名前】を引き離したい。彼らと居ると、【苗字名前】は奇妙なことに巻き込まれ、苦しい思いをする。そんな風に考えている。

※備考
【関係者】の立場は、【苗字名前】にとっても特別なものの立ち位置にしておくとよい。
唯一の肉親、生き別れていて再会した妹、恋人、恩人など。
【関係者】の位置に設定したい者の性格や性質が、シナリオ上での役割と合わない場合。記憶を喪失した影響で、その人らしからぬ思考になっているという形で整合性をとってもよい。

【苗字名前】の人物関係から【関係者】を設定することが難しい場合、【苗字名前】を本件記憶喪失の影響で一時的に多重人格になった者としてもよい。
その場合、本シナリオにおける【関係者】の役割を【苗字名前】の他人格に任せることになる。他人格は【苗字名前】を守るためにあり、【苗字名前】を守る必要がなくなれば消えることになるだろう。(基本的に、【苗字名前】が記憶を取り戻すことで消失する)
(基本ルルブp.143「解離性障害」、サプリ2015p.62「多重人格となった探索者」の記載も参考にするとよい)


・月森日向(つきもり・ひゅうが)
月森兄。
生き別れの妹と、「レテの平原」で再会した。たった一人の家族である妹を愛している。
自身が教団内で立場を高める上で、妹が自己犠牲に走っていたことなど露ほども知らなかった。
彼のブローチが向日葵をモチーフとしているのは、自身(日向)と妹(葵)がもう二度と離れることのないようにと願いを込めてのこと。


・月森葵(つきもり・あおい)
月森妹。
全部私のせい。しんどかったけど忘れたことで罪から逃れられた……? それでも罪の意識は追いかけてくる。
もっと忘れなきゃ、もっとちゃんと、私は私とサヨナラしなきゃ
けれども私が忘れたところで、世界に記録は残り、人々に記憶は残ってしまう。
――なら、全部消してしまわなきゃ。
そんな妄執に取りつかれている人。

HP12 MP14 正気度0 DBなし
STR10 DEX10 CON12 POW14




▲上に

5.導入

その日は、探索者たちと【苗字名前】でどこかに行く予定だった。
(この予定の内容は任意で決める)

待ち合わせの時刻になっても、【苗字名前】の姿はない。

『ごめん、遅れる』

【苗字名前】から、そんなメッセージが届く。

――雨が降る。
ぽつり、ぽつりと雨が降る。
雨足は次第に強まり、滝のような豪雨に変わる。

【苗字名前】がその日、集合場所に現れることはなかった。
そしてそれ以来、【苗字名前】からの連絡は途絶えている。

そこから数日か、あるいは、数週間か。【苗字名前】の姿を見ない日が続く。
【苗字名前】に連絡を入れてみても、反応はない。

探索者たちは【苗字名前】の自宅、あるいは、よくいる場所を知っている。
そこに行けば会えるのではないか。そんな考えが浮かぶだろう。




・【苗字名前】との接触

探索者たちは【苗字名前】の自宅、あるいは、よくいる場所を知っている。
そこに向かえば【苗字名前】がいる。

【苗字名前】は、名を呼びかけられても聞いていないかのような反応をする。
話し掛けられると、どうしてそんな言葉を掛けられているのか分からない様子で困惑してみせる。

※備考
自身の名を自身の名と自覚するまでに時間がかかる。


・【関係者】の登場

探索者たちと【苗字名前】が言葉を交わしている場面で、【苗字名前】に声を掛けてくる。
【苗字名前】に探索者らと知り合いか尋ね、【苗字名前】が否定すると、そういうことだからといって【苗字名前】をその場から連れ出そうとする。

「本当は貴方たちの言うことが正しくて、貴方たちと【苗字名前】さんは知り合いなのかもしれませんが」
「【苗字名前】さん本人が否定していますから」
「本日はお帰り下さい」

【関係者】は、その立場によってはすでに探索者と知り合いである場合もあるだろう。
【関係者】は何かしら理由を付けて、探索者たちと連絡先を交換する。

一通り会話してから、【苗字名前】と【関係者】はその場を立ち去る。

※備考
【苗字名前】の携帯の電源はきれている。









▲上に

6.探索

探索開始時、以下の情報を開示する。
探索者たちは、最近の【苗字名前】の様子として以下のことを知っている。

・愛用していたティーカップが割れてもさほど気にした様子がなかった。
・一度確認したことを、もう何度か繰り返し確認することがあった。

その他、「【苗字名前】らしくない様子」に当てはまる情報を付け足すこと。一人称が時たま異なる、探索者の名を呼び間違える、など。


以下では、探索箇所と探索によって出てくる情報を記す。
ここに示されていない場所や方法、手段でも、適切と思われればその情報を獲得するように処理いただきたい。
全ての情報を明らかにせずとも「レテの平原」本拠地に向かい、施設潜入した時点でシナリオは進行する。


探索場所の開示については、シナリオ開始時点は「街」のみで、探索が進むにつれ、以下のように追加されることを想定している。
もちろん、遊ぶ際にはこの限りではない。お好みで調整いただきたい。

街:シナリオ開始時点
病院:HO1から提案があった時点or【苗字名前】の心療内科受診が判明時点
図書館:図書館に行って調べ物をするor【苗字名前】の行動記録を得た時点
レテの平原:探索者がその場所を知った時点




▲上に

・場所指定なし


・探索者自身が≪アイデア≫成功
情報:いつから様子が不自然か
ひと月ほど前からだったと記憶している。筆跡が変わったのもその頃だ、とHO2は気付く。


・【苗字名前】の知人に訊く、行動記録を調べるなど
情報:最近の【苗字名前】の行動について
自身の過去の行動を、事実確認していた様子である。確認していた内容については、少し前の出来事のこともあれば、数年前の出来事についてのこともあった。
また、心療内科の受診記録がある。
そして詳細は不明だが、何かしらの調査目的で、数日前に市内の図書館を訪れる用事があった模様だ。予定だけ入れて、実際には行かなかったことが分かる。
これらのことを、探索者らは【苗字名前】から聞かされていなかった。
(→ 探索可能場所に図書館を追加)


DNA鑑定を行うことを試みる
・鑑定依頼をする場合
刑事事件のように厳密さを重視しないのであれば、しかるべき機関を利用し、5日ほどで可能。急ぎの件として依頼料を上乗せすれば、翌日に結果を出してくれるようだ。

・【関係者】から明らかにされる場合
【苗字名前】の様子が不自然であることには気付いており、すでに鑑定済であるという。探索者が希望すれば、その結果をすぐに共有してくれる。

情報:DNA鑑定の結果について
DNAの観点からでは、【苗字名前】その人だと証明される。




▲上に

・街

人の行き交う歩道。何の変哲もない、いつもの街並みのように思える。

・≪聞き耳≫成功
「レテの癒しが貴方にあらんことを」というフレーズを聞く。
「レテの平原」という宗教団体に所属する者が用いる言葉のようだ。

この宗教団体について調べられるようになる。が、その前に。
急に背筋がぞわりとする。

――見られている。
探索者らはそんな感覚に陥る。
◇ 正気度ロール 0/1

視線の主を探してみれば、長い黒髪に夏服のセーラー服を着た切れ長の瞳の少女が立っている。周囲から一切の物音が消えている事にも気づくだろう。

「ああ、すまない。不躾に見てしまったね」
「私のことは気にしないでくれたまえ、君たちの物語の外にいる者だから」
にこり、と彼女は微笑む。ぞっとするほど美しい少女だ。

探索者らの投げかける言葉に、彼女が返答する様子はない。
逆に探索者らに、こんな問いを投げかけてくる。

「君たちは、プラトニズムに興味はあるかい。『エルの物語』を知っているかな」

それに対して、何かしら問いや答えを返しても、彼女は「訊いてみただけだよ」と笑うばかりである。
名前を尋ねられた時だけ、「私は名井という。気軽に名井先輩と呼んでくれたまえ」と告げる。

「名井先輩、お待たせしました!」
彼女を呼ぶ声。冬服の学ランに身を包んだ、眼鏡で癖っ毛な少年がいる。

「ああ、待ち人が来たようだ。それでは私はこれで」
そう言い、彼女と彼は去っていく。

・二人を追いかける
追いかけようとしても、何故か追いつくことができない。
街を歩きゆく周囲の人間が、ぎょろりと一斉に貴方たちの方を見た。異様な空気に圧し潰されそうだ。
◇ 正気度ロール 0/1

気付けばいつも通りの雑踏だ。貴方たちに向けられる視線はない。

白昼夢のような出来事で、けれども貴方たちの感じた恐怖は本物だった。


・≪知識≫の半分、あるいは、≪図書館≫成功
情報:プラトン(プラトニズム)について
プラトンは古代ギリシアの哲学者。プラトニズムはプラトンの哲学、及び、それに由来する哲学体系をいう。
プラトニズムは「イデア論」を中心としている。イデアとは、ここの事物をそのものたらしめている、真の実在をいう。存在論とも関わりのある語。

『エルの物語』については、≪図書館≫が試みられる。図書館に行ってもよいし、ネットで調べてもよい。
・≪図書館≫成功
情報:『エルの物語』について
古代ギリシアの哲学者プラトンの対話篇『国家』(副題:正義について)の末尾で語られる、冥府の物語。
パンピュリア族のアルメニオスの子エルが、死後十二日間にわたって体験した臨死体験の体裁をとる。冥府の裁判所、天国と地獄、宇宙論、忘却と転生を語る。
この情報を得た探索者は、「レーテーの平原」の側に流れるという、飲むと記憶を忘却する川の水のことが印象に残ったことだろう。

「レーテー」という語について更に詳しく調べるならば、追加で≪図書館≫が試みられる。≪知識≫の半分を試みてもよい。
・≪知識≫の半分、あるいは、≪図書館≫成功(獲得情報は「・図書館」の同名情報と同じ)
情報:レテ、あるいは、レーテーについて
古代ギリシア語では、「忘却」「隠匿」を意味する。
「真実」「非忘却」「非隠匿」を意味するギリシア語「アレーティア」と関連がある。

ギリシア神話でのレテは、忘却をつかさどる女神の名前である。
同時に、黄泉の国に流れるとされる川の名である。川の水を飲んだ者は、完璧な忘却を体験することになる。
ダンテの《神曲》煉獄篇第28歌では、この川を「罪の記憶をぬぐい去る流れ」と歌っている。

レテの対に「ムネモシュネ」がある。ムネモシュネの川の水を飲んだ人々は、すべてを記憶して全知の領域に達するといわれている。


宗教団体「レテの平原」については、噂の聞き込みが可能である。教団所属者を捕まえて、会話を試みることもできる。
・噂の聞き込み(教団員に尋ねる、警察署、探偵事務所の調査ファイル等でも)
情報:宗教団体「レテの平原」について
ここひと月の間で、人々の噂によくのぼるようになった宗教団体。
自然回帰を救いとして、植物に囲まれて暮らし、死後は土となり植物と一体化することをうたう。水を神の恵みと定めている。
喜捨や寄進は募っているが、何かを悪質に売りつけるようなことはしていない。相談出張で、街の人のお悩み相談にも乗る。アットホームでフレンドリーな宗教団体だ。

・警察関係者は、以下の情報も獲得して構わない
情報:宗教団体「レテの平原」について 追加情報
信者数が急増していることを理由に、警察側としては少し警戒レベルを上げている。

・教団員に直接尋ねる。
情報:「レテの癒し」について
レテの癒しは「魂の浄化」だと語る。


「レテの平原」の本拠地となる施設の場所は、探索者らが希望すれば、ネットで調べる・聞き込む・教団員に尋ねるなどして、難なく調べることができる。
(→探索可能場所に「レテの平原」本拠地を追加)



▲上に

・図書館

こぢんまりとした図書館だ。さほど時間をかけず館内を見渡すことができるだろう。
資料の特設コーナーがあるようで、今月のテーマは「記憶」のようだ。

・≪目星≫成功
図書館の片隅で、頭を抱えてぶつぶつ何かを呟いている人を見つける。

「私の論文の邪魔をするとはいい度胸だ。ふふふ、どうしてくれようか」

そんなことを言っている。やせぎすで頬がこけ、いかにも不健康そうな中年男性だ。
まあまあ園崎先生、と中肉中背の眼鏡の中年男性がなだめている。

探索者が声をかけると、不健康そうな中年男性は、話の分かる奴が来た! とぱっと表情を明るくして、あれこれ言い募ってくる。
が、しかし、専門用語も多く早口で喋られるので、何を言っているのか理解が困難だ。
≪博物学≫もしくは≪天文学≫が試みられる。

技能のロールに失敗した場合は、眼鏡の中年男性が代わりに説明してくれる。技能成功時と同じ情報を獲得可能である。
園崎は気象系の研究をしている大学教授で、このところの異常気象に悩まされているようだ。
ちなみに眼鏡の中年男性は平安文学の研究をしている大学教授、藤原麻呂太郎である。

・≪博物学≫または≪天文学≫成功、あるいは、藤原麻呂太郎の説明
情報:ゲリラ豪雨について
ここひと月の間にゲリラ豪雨が多発している。この降雨地域に必ずといっていいほど含まれている、特定の地域がある。
その地域は、教団「レテの平原」の宗教施設のみが存在する。

まるでその施設で人工的に雨を降らせているかのようで。そのせいで自身の研究計画は頓挫してしまったのだ、と園崎教授は毒づいている。
「陰謀だ。これは陰謀なのだ」
周囲の人間らは、園崎教授をかわいそうなものを見る目で見ている。



特設コーナー

特設コーナーでは、記憶に関連する資料を探すことができる。
今回の件と何か関係するものはあるだろうか。
(開示する情報は、PLの希望や探索状況によって適宜選択いただきたい)

・≪図書館≫成功
情報:「記憶」に関係する資料
『記憶は無くなるものではなく、ただ思い出せなくなるだけである。』
そんな記述を見つける。

・その情報を獲得した、あるいは、≪図書館≫失敗発生イベント
探索者の肩にぶつかる者がいる。その拍子に、その者は抱えていた本を取り落とす。
哲学系の書籍のようだ。その内容が、探索者の視界に入る。

”自分が何者であるかさえも忘れた人は、元の人とは別人のようで。
一体、どれだけの記憶が残っていたら、その人はその人のままでいられるのだろう。
いや、そもそも、欠けてしまった時点で、その人はその人でなくなっているのかもしれない。日々の忘却の中で、一瞬たりともその人が継続することはない。
ならば。自己の定義とはどこにあるのだろうか。”

その人はぶつかったことを謝り、本を拾って立ち去る。
(探索者らの技能習得状況によっては、この人物を≪図書館≫持ちのお助けNPCとして運用してもよい)

・≪図書館≫成功、あるいは、噂話を聞く
情報:「忘却」に関連する事件・事象
ひと月ほど前から、この街及びその周辺の特定地域だけで、若年性健忘症や解離性忘却の患者が続出していることが分かる。

・≪図書館≫あるいは≪医学≫成功
情報:人格と筆跡の関係
人格と筆跡には深い関係があるようだ。
たとえば、解離性同一障害(多重人格)の患者は、人格毎に、その性格や記憶だけでなく、筆跡が異なることがあるという。

・≪知識≫の半分、あるいは、≪図書館≫成功
情報:レテ、あるいは、レーテーについて
古代ギリシア語では、「忘却」「隠匿」を意味する。
「真実」「非忘却」「非隠匿」を意味するギリシア語「アレーティア」と関連がある。

ギリシア神話でのレテは、忘却をつかさどる女神の名前である。
同時に、黄泉の国に流れるとされる川の名である。川の水を飲んだ者は、完璧な忘却を体験することになる。
ダンテの《神曲》煉獄篇第28歌では、この川を「罪の記憶をぬぐい去る流れ」と歌っている。

レテの対に「ムネモシュネ」がある。ムネモシュネの川の水を飲んだ人々は、すべてを記憶して全知の領域に達するといわれている。





▲上に

・病院

この辺りにある総合病院だ。【苗字名前】が訪れるとすれば、おそらくここだろう。

・≪聞き耳≫成功
情報:ナースの噂話
探索者らがいるのに気づかず、合コンの相談をしている様子である。
「城崎センセも誘お」
「でも最近、精神科の先生は忙しいみたいじゃない」
若年性健忘症や解離性忘却の患者さんが多い、ということを彼女らは話している。
「ストレスフルの社会だからぁ~」
「認知症の診断出た人も増えてるって話じゃなかった?」




城崎医師と落とし物

精神病棟付近を歩いている時、話しかけてくる医師がいる。
「貴方、最近指輪を落とした心当たりはない?」

その人は城崎あろえと名乗り、指輪を貴方たちに見せる。
貴方たちは、その指輪に見覚えがない。

・指輪に見覚えがないことを伝える
「そう?」
「婚約指輪みたいだったからね。大切なものだろうし、持ち主が見つかるといいんだけど」

さてそこに、息を切らせてやってくる男性がいる。「指輪がここに届いてませんか」と。
どうやら指輪の持ち主が見つかったようだ。

「助かりました」
「こんなに大切なものなのに、どうして忘れるなんてしてしまったんだろう」

男性の背を見送って、城崎医師はぽつり、と呟く。
「大切だから忘れてしまうのかな」

・どういうこと?
「人は、脳が重要だって判断した記憶を思い出しやすい場所に置いておく、ってのは知ってる? 海馬とかいわれてる部分と、その周辺部分。
人の記憶機能は、書き込んで、しまい込んで、取り出す。その3つの過程があるわけだけど」
「あれ、何の話してたっけ?」
「そうそう、大切だから忘れちゃうって話」
「普通、脳が重要と判断した情報は、取り出しやすいところに置いておかれるんだけど」
「重要ってことは、それだけ本人にとっても負荷なものだとは考えらえない?」

「ここで記憶とストレスの関係の話になるんだけど……」
「一般に、人の心はストレスを受けると、それから逃れようとするものなのね」
「で、場合によっては、ストレスの原因そのものである記憶を忘れてしまう、ということがある」
「病名としては、若年性健忘とか解離性忘却とかって呼ばれるかな」

「でもな~~、なんかなぁ~~!」
自分で口にしたことに、城崎医師は納得いかない様子で唸る。

「最近のは。ここひと月のは違うのよ」
「何が違うって訊かれたら、具体的には言えないし、病院としても診断には既存の病名を出すしかないわけだけど」
「でも、私には。まるで誰かが意図して、人々の記憶を忘却させているように思えてならないのよね」

※備考
この指輪を、【苗字名前】の身に着けている別のものとしてもよい。
【苗字名前】にとって大切なもので、それを導入時に【苗字名前】が身に着けていなかった描写をしておくと、「まさか落としとるんかお前お前お前~~!」となった後に「違うんかい!」となります。
ドキドキさせてからホッとしてもらうの楽しいよ。




少女との遭遇

病院の中庭で、少女が赤いバケツを抱えている。
バケツは水で満たされていたようだが、少女が転んだことで全てこぼれてしまった。
少女は倒れ伏したままだ。

探索者らが少女に近づくと、彼女は痛みを耐えるように唇を引き結んで立ち上がる。
空になったバケツを抱えて、また水を汲みに行くようだ。

・≪聞き耳≫成功
「しゅくふくまえのおみずでよかった」
と少女が呟く声が聞き取れる。

水を汲みに行く途中で、彼女は他の入院客と会話する。
「今日もお母さんのお見舞いかい?」
「うん!」

入院客相手にこしょこしょ話をするように、彼女は口元に手を寄せるが
その声は弾んでいてちっとも潜められていない。

「あのね、あのね。お母さんもうちょっとしたら良くなるよ」
「むかしみたいに優しいお母さんになるよ」

・その水どうするの?
「御使い様にね、おねがいするの」
「おねーちゃんが御使い様のところまで一緒に行ってくれるの」

※備考
彼女はこの後、現在病院にいる月森葵のもとに水を持っていき、レテの平原本拠地へ向かうことになる。
そして、"レテの水"を得た少女は母親に水を飲ませ、母親は娘の存在を忘れる。
「あら、可愛い子ね。迷子かしら、貴方どこの子? お名前は?」




▲上に

7.探索中差し込みイベント

わたしはだれだ

探索を開始し、1,2か所ほどの探索を終えた頃、探索者らは【苗字名前】と遭遇する。
・探索者らは【苗字名前】が絶対にとらない行動をとるところを目の当たりにする。
・【苗字名前】が手帳を落とす。
・雨が降る。
・しばらくして、探索者たちは事前質問2の記憶を忘却する。

「【苗字名前】が絶対に取らない行動」の内容については任意で定める。【苗字名前】のアイデンティティに関わる内容であるとなお良し。

以下は、シナリオ制作者がプレイ時に使用したもの。流用いただいても構わない。
この時の【苗字名前】はPOW18で、恋人や同僚が(半ば自分の責任で)死んでも、罪の意識があっても、それを背負って前を向いて生きていく系のメンタルの持ち主だった。

【苗字名前】がベンチに座っている。どうやら苦しそうだ。
荒く息を吐く彼の、左の内腿のあたりが赤く塗れている。
彼の手にはカッターナイフがあり、どうやら自分自身で傷を付けたらしいことが分かる。

◇正気度ロール 0/1

・何をしているのか
「いや……別に……、死にたくなったから死のうとしただけだが?」
心底不思議そうに言う。
「貴方たちに引き止められる理由などあっただろうか?」


・何故死にたくなったか
「何故だろう。ただ漠然と、自身がどうしようもない罪人であることが負担に思われて、この先も自身が続いていくことに疲れてしまった」

そこに今買ってきたらしい飲み物を手にした【関係者】が現れる。
【苗字名前】の様子に飲み物を取り落とし、所持していたハンカチで慌てて止血し、病院に連れて行こうとする。

折も悪く雨が降り出す。
貴方たちを慰めるように、全てを攫っていくように。雨は貴方たちに降りかかる。

【苗字名前】は手帳を落としていったようだ。
雨に濡れて所々文字が滲んでいるが、辛うじて読める。
また、折りたたまれた紙が一枚、挟まれている。


・折りたたまれた紙
心療内科の診断書のようだ。
氏名欄に【苗字名前】の名が記載されており、傷病名には「解離症(解離性健忘)」とある。

・≪知識≫の半分、あるいは、≪医学≫、≪図書館≫成功
情報:解離性健忘について
解離性健忘とは、トラウマや過度なストレス等で引き起こされる記憶障害の一種である。
自分にまつわる体験や、自分が誰であるかを忘れてしまう、というものだ。
喪失した記憶の期間には個人差があり、数分から数時間のことを忘れてしまう場合もあれば、これまで経験したすべてを忘れてしまう場合もある。
思い出すまでの期間にも個人差があり、すぐに思い出す場合もあれば、数十年単位で思い出せない場合もある。失った記憶を再構築できない場合もある。
その忘却は、日常生活に支障をきたす側面もあれば、その人の心を守る側面もある。


・手帳
黒い革張りの手帳だ。
≪母国語≫成功で2時間、斜め読みなら30分。失敗したら2倍の時間をかけて読めたことにする。得られる情報に差異はない。

情報:手帳について
びっしりと書き込まれている。【苗字名前】の人物評と、出来事や予定が記されている様子。事実の羅列のようで、筆記者の意見や感想は介在していない。
【苗字名前】でない人が、【苗字名前】として振る舞うために必要な情報を記したかのような内容である。
――最後のページにだけ、今までの記述とは違う様子で走り書きされている。

彼のやってきたことを辿るほどに、彼の正気を疑いたくなる。何故この狂気の中で、彼は狂気に染まらずにいられるのか。
【苗字名前】というひとは、到底正気ではない。

これが私だというのだから、もうお手上げだ。
※補足
筆跡は変化後のもの。

※備考
別人にすり替わっている可能性について。
シナリオ内に出てくる情報だけでは、精神交換の可能性は否定できない。
PLが悩んでいるようであれば、KPの方からその可能性を否定してしまっても構わない。




・事前質問2の記憶の忘却
――雨は相変わらず降り続けている。

貴方がたはふと。違和感を覚える。
自分の重んじていた場所がぽっかりと空いてしまったような感覚だ。身軽になったような、自分という存在が不確かになったような――。

◇ 正気度ロール 0/1


貴方は。
事前質問2で回答した、自身が信条を持つ切っ掛けとなった出来事や、持つに至った理由をきれいさっぱりと忘れた。
事前質問1の信条については、自身がその信条を持っていたことは分かる。それを大切にしていたことも。しかし、何故持っていたのかが分からない。

これにより、貴方は事前質問1の信条を持ち続けてもよいし、持ち続けなくともよい。

なお、事前質問2:信条を持つ切っ掛けとなった出来事・理由の記憶を失ったことについて、探索者は未だ自覚できていない状態にある。
そのことに関し、露ほどの違和感も抱いていない。

この忘却に関しては、≪アイデア≫成功により自覚することができる。このロールを試みるかどうかはPLが判断してよい。
≪アイデア≫に成功しても、記憶が戻ることはない。




ギミック:忘却

このシナリオでは、探索者は時折ゲリラ豪雨に見舞われる。(タイミングはKPの任意)
この雨には"レテの水"が含まれており、時の流れのように探索者に降りかかり、探索者の記憶を攫っていく。

忘れ去る記憶のパターン
・探索で得た情報を1つ忘れる。
・事前質問3:抱えていることに負担を伴う記憶を忘れる。複数ある場合は1つ。
・事前質問4:貴方が一番失いたくない記憶について、少し薄れてしまったような、言い知れない不安を覚える。
(4の記憶については、無くなるには至らない)
・事前質問5:【苗字名前】にまつわる、自身も関わる出来事の記憶を忘れる。複数ある場合は1つ。

この忘却に関して、探索者は忘れたことに自覚がない。
≪アイデア≫成功により、その忘却を自覚することができる。このロールを試みるかどうかはPLが判断してよい。
≪アイデア≫に成功しても、記憶が戻ることはない。




▲上に

8.レテの平原 本拠地

比較的新しい施設。
関係者以外立ち入り禁止の札がかかっており、中に入ろうとすれば、付近にいた目つきの悪い男性信者に止められる。視線だけで熊を殺せそうな目だ。

探索者たちを門前払いにしようとした目つきの悪い男に、「兄さん」と呼びかける者がいる。
彼女は兄の態度を諫め、探索者たちに穏やかな笑みを向ける。

「ごめんなさいね。誤解されやすい人ですけど、とっても優しいの」
「貴方がた、レテの平原を知りたいの?」

そんな問いを投げてから、彼女は自身の名を名乗り、目つきの悪い男を紹介する。
(病院で遭遇済みであれば、その探索者に気付いた様子を見せる。彼女は改めて挨拶することだろう。)
「申し遅れましたね。私の名前は月森葵。こちらは兄の月森日向です」

「ねえ兄さん。今日、入信希望者の方がいらっしゃったでしょう? 一緒に施設を見学していただいたらどうかしら。
どんな形であれ、興味を持っていただけたのは有難いことだわ」

探索者らが見学を希望すれば、月森葵に休憩室に案内されることになる。
(月森日向はついてこない)
見学以外の手段で侵入する場合も、奥の立ち入り禁止エリアに立ち入りを試みたタイミングでボヤ騒ぎイベント発生となる。


・休憩室

教団施設の敷地に入ってすぐの位置にある一室。この位置からは施設内の他の部屋を伺い知ることなどはできない。
入信希望者だという人物が一人、そこにいる。

30代半ばか後半か、という男性だ。白衣に腕を通さず肩にだけ羽織るようにしている。APP15、がたいもいい。
月森葵は探索者らに少しここで待っていてほしいことを告げ、部屋を立ち去る。

入信希望者だという男性は、探索者に気さくに声をかけてくる。
「こうやって知り合えたのも縁だ。自己紹介といこうじゃないか」

「俺は徳井ケンシ、しがない医者だ。まあ、みるのは専ら死体だが」
「検死専門。検死医ってことだ」

彼は検死とマーシャルキックの得意な検死医である。
死の原因の探求や解明こそが、遺された人の何らかの救いになると信じている。
(このNPCはKPの自探索者に置き換えてもよい。)

彼は休憩室の外の様子をちらりと伺ってから、声を潜めて探索者に告げる。
「君たち訳アリだろ。入信希望者って感じじゃないぜ。
俺はここの施設関係者の死体をみる機会があってな。それが妙だったんで独自調査に首を突っ込んで、今に至ってる」
「入信希望ってのは、まあ嘘だな」
「俺は死の真実を明らかにしたいんだ。分からないものは怖いだろう?」

・死体が妙?
情報:徳井の見た教団関係者の死体
「窒息死だったんだが、まるで呼吸の仕方を忘れたような死に方だった」
「何が喉に詰まったわけでもないのに、息ができなくなったみたいでな」
「しかも、死に顔は穏やかな表情ときた。訳が分からないだろう」
徳井はそう述べ、肩を竦める。

そんな話をしたころに、月森葵が準備が整ったとやってくる。


・エントランス

休憩室から長い廊下を歩いた末に、エントランスへと出る。
室内だが、植物園かのように所々土が敷かれ草木が茂っている。舗装された通路の側溝には、水が流れている。
奥には銀色の花のオブジェが聳え立っている。月森葵はグラジオラスの花だと語った。レテの恵みの齎す”救い”の象徴だという。
その側に、ひときわ目を引く瀟洒な扉がある。

・≪知識≫の半分、あるいは、≪博物学≫成功
情報:グラジオラスの花言葉
花言葉は忘却。

月森葵は内部施設の案内をして回る。ここは信者が語らいを楽しむ場であるとか、心を鎮めて植物と会話を試みる場であるとか。そのようなことを柔らかな表情で話す。
一通り回って、案内は以上になることを告げる。
瀟洒な扉の方に案内することは一切ない。

情報:瀟洒な扉について
「あの先には、御使い様、ええっと、教団内での偉い人、といったら伝わるかしら。そういう方しか入れない決まりなんです」
「その先のものを私は存じておりません。兄なら分かるかもしれませんが」
御使いについては、現在五名おり、皆一様に花のモチーフのブローチをつけているという。
月森日向はその御使いうちの一人だ。彼は向日葵のブローチを付けている。

※備考
彼女はその先の部屋、死体、"降雨装置"などについて知っている。
探索者は月森日向に会いに行きたがるかもしれないが、その前にボヤ騒ぎが起こる。


ぼや騒ぎ

エントランスの入り口のあたりで煙が立っている。
「火事だー!」の声が聞こえる。

月森葵が、「避難の誘導をしなければいけないので」と申し訳なさげに探索者らの傍を離れる。
「貴方たちも案内に従って避難してください」

・≪目星≫成功
その煙に火の気配はない。何かが燃えて立つ煙というよりは、わざと煙だけ発生させたもののように見える。

※備考
この煙は徳井が仕込んだもの。
徳井はこの煙に全く慌てた様子がない。瀟洒な扉の先に行く気満々な様子である。




▲上に

・瀟洒な扉の先

先ほどの植物一杯だった空間とは打って変わって、一気に無機質な人工物で囲まれた空間になる。
病院や研究施設のようないで立ちである。

真っすぐに伸びる廊下。その左手側に扉が二つ、廊下の突き当りにも扉が一つ。
一番手前の扉から、「資料室」「祈りの部屋」のプレートがかかっている。一番奥、突き当りの扉にプレートはかかっていない。


・資料室

金属製の棚がいくつも並んでおり、そこには資料を綴じたファイルが収められている。
目星と図書館が試みられる。(それぞれ別の情報が出てくる)

・≪目星≫成功
「要注意人物リスト」と「注意書き」を発見する。
要注意人物リストは薄手のリングファイルで、最近開かれた様子である。
注意書きはA5ほどのサイズの紙に手書きで書かれている。

情報:要注意人物リスト
教団の活動の妨げになりそうな人たちの名がここにピックアップされているようだ。
【苗字名前】、【関係者】の名前もそこにある。場合によっては、探索者の名が記されていることもあるだろう。

情報:注意書き
何の注意書きなのかの説明はない。
・"レテの水"を飲んだり浴びたりしたら、記憶を失ってしまうよ。
・原液だと常人なら白痴の赤子同然になってしまうよ、気を付けようね。

・飲んだり浴びたりしなくても、"降雨装置"に"レテの水"をセットして雨を降らせれば、雨の降った地域の人に同じ効果を齎せるよ。
・危ないので、"降雨装置"にセットする水は絶対絶対絶対薄めたものにしようね。
・"降雨装置"で齎された忘却は、"降雨装置"が壊れてしまうと駄目になってしまうんだ。記憶が戻ってしまうよ。"降雨装置"は大事に扱おうね。

・"降雨装置"をフル稼働させれば、全世界に雨を降らせることも可能だよ。
・まずはこの街周辺で様子を見て、徐々に影響広げていけたらいいよね。これから毎日雨にしようぜ。


・≪図書館≫成功
月森日向の日記を発見する。

情報:月森日向の日記
年季の入った日記帳。もとは黄色いカバーだったようだが、すっかり色褪せくたびれている。
日付間隔はまちまち。日付は十五年ほど前から始まっているが、日記購入からいきなり数年空いたりしている。あまり記録のためのものという印象は受けない。
出来事をぽつりと書いていることもあれば、自身の思考を、取り留めもなく書き殴っているようなこともある。

幼い頃、妹に両親の死の罪をなすりつけたこと。妹と離れ離れになったこと。 「レテの平原」の助力で奇跡的に再会できたこと。両親の死の件を訂正しようとしても、妹から罪人意識が拭い去れないこと。 妹はレテの教えを狂信していること。忘却をもたらす"レテの水"が教団にあること、などがつづられている。

【月森日向の日記】本文
http://jaxson.xxxxxxxx.jp/COC/10/diary.html






・祈りの部屋

扉を開けたとたんに、()えた肉の臭いがする。
死体が四つ、そこにある。

皆一様に、幸せそうな顔をして死んでいる。
そんな異様な光景を、探索者らは目の当たりにすることになる。
◇ 正気度ロール 1/1d3

「俺の見た死体と、同じ死に方だ」
徳井はそう告げる。

彼らは皆花のモチーフのブローチを付けている。月森日向以外の御使いが、ここで全員死んでいるようだ。
持ち物を漁れば、御使いらの名前を確認できるものが確認できる。 瀬尾(せお)澤邑(さわむら)志島(しじま)蝶木(ちょうき)

・≪医学≫成功
窒息死。ひと月から半月ほど放置された死体の様子。

・部屋に≪目星≫成功
浄水器らしきものを見つける。2リットル容量ほどのポット型で、濾過部分は三角錐と球体を複数組み合わせたような形をしている。中には泥が溜まっている。

※備考
かつて"レテの水"を精製していた浄水器。
この浄水器はもう、泥しか吐かない。



▲上に

・奥の部屋

・≪聞き耳≫
中に人の動く気配はない。機械の駆動音がする。

・"降雨装置"
がらんと広い、白い部屋。その中央にその装置は鎮座していた。

貴方たちは装置のところどころのパーツに見覚えがあるような気がする。
そうだ、これは。
手、足、目、脳、口――。
機械の所々に人体のパーツが用いられていることが分かる。どういう原理か分からないが、これは金属でできた機械と一体化している。

◇ 正気度ロール 1/1d3

※備考
妙に最先端技術をいく機械、なんならオーパーツ。ヴルトゥームによりもたらされた技術で作られた。
魔術的な要素を兼ね備えてもいる。≪忘却の波≫(海に津波を起こす呪文)の系統から派生した何か。
人体部分の強度は金属部分と同じ。与えるダメージに差異はない。


・部屋内に≪目星≫成功
「ここのボタンを押したら雨が降るよ」と書かれた、取扱説明書にしては雑すぎるメモを見つける。

"降雨装置"を物理的に破壊するのであれば、装甲10・耐久40に挑むことになる。
その前に、探索者に≪聞き耳≫を試みてもらう。

・≪聞き耳≫成功
カツリ、カツリ。足音がする。
近づいてくる足音が、ぴたり、とこの部屋の前で止まったのが分かる。

――扉が開く。
月森葵がそこにはいる。

「あら、困ります。ここは御使い様以外は立ち入り禁止ですよ
まあ、わたしも入ってはいけないのですけれどね」

そういって、彼女は微笑む。室内の異様な機械には、特別反応を示す様子もない。

「そこを退いてくださるかしら。あとはボタンを押すだけなの」

そう言って、彼女はうっそりと笑う。

「ああ早く、早く押さなきゃ。全部忘れて洗い流してしまいたい。
ノアの方舟は用意してないの。
罪も痛みも全部全部洗い流してあげるから。安心していいわ」

それは探索者たちに向けられているようであり、自分自身に言い聞かせているかのようだった。

「貴方にも一つくらい覚えがあるでしょう? 罪を犯したことのない人間なんていないわ」
「まっさらに生きていけたら素敵よね。大丈夫、"レテの水"は人々の原罪すら忘れさせてくれる」

「ええ、そうよ。もう起動したもの。受け入れテストは終わり、最終フェーズに移行したわ。
人々は生まれてきたばかりの顔で笑うのよ!」

そう言って、彼女は手を振り上げる。

――戦闘開始。
彼女の身にまとわりついた植物が、彼女を守るかのように蠢いている。

※備考
「生まれてきたばかりの赤子は泣くものだ」


・"降雨装置"
HP40 あらゆる攻撃(魔術も含む)に対して常に10ポイントの装甲。

・月森葵
HP12 MP14 正気度0 DBなし
STR10 DEX12 CON12 POW14
植物の檻:月森葵のSTR値に+5の補正。また、物理攻撃に対して5ポイントの装甲。火器、魔術での攻撃は装甲の影響を受けない。

"降雨装置"を物理的に破壊することは困難を極めるだろう。
"降雨装置"に挿された銀の花を抜けば、"降雨装置"は停止する。この花の存在は魔術的認識阻害を発生させており、月森日向でなければ解除できない。
"降雨装置"に対して≪目星≫に成功することで、この"降雨装置"のどこかに何かがありそうなこと、それがどこなのかの認知を狂わされていることを自覚できる。

基本的に、1ラウンド目終了時の月森日向到着をもって"降雨装置"停止が可能になり、"降雨装置"停止と同時に戦闘終了となる。
また、植物を何らかの方法で月森葵から引き離した場合、月森葵のSTR補正・装甲は失われる。引き離された植物が攻撃対象に増える。

・引き離された植物
HP5 MP5 DBなし
STR5 DEX5 CON5 POW5
巻き付き80% 一度につき対象一人を拘束。拘束中は毎ラウンド1d4ダメージ。拘束を逃れるには自分の手番でSTR5との対抗に成功。

月森葵が制圧されるようなことがあれば、駆け付けた月森日向が、彼女を殺さないでくれと探索者らに懇願することになるだろう。
"降雨装置"の停止方法を伝えることを交換条件に、助命を嘆願する。




月森葵の煽り台詞メモ

・月森葵に罪はない旨を告げる
「ああ、貴方は罪なき四人を手に掛けた人殺しを、許してくださるのね」
嘲るように笑う。

・月森葵に罪がある旨を告げる
「あらあら困ったわ。なら、その罪をなかったことにしなくっちゃ」

・月森葵の記憶が誤りであると主張する
「ああ、可哀そうな兄さん。やっぱり、あんな嘘をまだ信じているんですね」
「私が嘘をついたんです。だから兄さんは、そんな風に思い込んでいる。幼い私の犯した罪です」
「両親が死んだ後、私は兄に言い募りました。『本当は兄さんが言いつけられていたのに、兄さんは私が言いつけられていたって言うんだ』、『私のせいにするんだ』、そんな風に」
「その言葉は全部嘘でした。私が言いつけられていた、それが真実です」

「兄さんは、自分が言いつけられていたのが事実だと思っていますけれど、
私には、私が言いつけられていた記憶がありますよ」
「果たして、何が事実なんでしょうね?
ふふ。事実なんて正直私はどうだっていい。私が許されないことに変わりはないんでしょう?」

・その他
「記憶がなければそれは別人に等しいわ。ならその人に罪を問うのは間違いでなくって?」
「ねえ貴方は反論できる?」

「そう。分かってもらえなくて残念ね」

「これは、この物事は、子供だった私たちに責任能力を問うのが間違っている」
「ええ、私だって責任なんて感じていません。ただ逃れられない罪悪感に、苦しんでいるだけです」

「つらくないから。こわくないから。安心していいんですよ。
神様がつらいのを無くしてくれるから大丈夫」

「貴方も見たでしょう。彼らは幸せそうに笑っていたでしょう」




戦闘中イベント

・1ラウンド目終了後、月森日向の到着
月森葵の背後から、腕がにゅっと伸びてくる。その腕は彼女に組み付き、彼女を拘束した。
驚きに目を見開いた彼女は、その腕の主――月森日向を見る。
「どうして」
彼女は表情をゆがめ、傷ついたような顔をする。

月森日向は妹の問いに答えない。

「そこの花を狙え。"降雨装置"から引き離してしまえば、それは動かなくなる」

"降雨装置"の、ある一点を見つめて日向は言う。
貴方たちは、視界の靄が一気に晴れたような感覚がする。
彼の鋭い視線の先に視線を向ければ、一輪の銀の花がある。それはグラジオラスの花の形をしている。

月森葵に巻き付いていた植物は月森日向を締め付けるが、彼はものともしていない。


・"降雨装置"の銀の花を抜く
銀の花はあっという間に色褪せ、枯れ果て、崩れ、形を喪う。
"降雨装置"の稼働音が徐々に静まってゆき、やがて物言わぬ塊になる。
"降雨装置"は完全に機能停止したようだ。二度と動くこともないだろう。


・"降雨装置"のボタンを押す
雨が降る。雨が降る。思考を呑む濁流、洪水がすべてを攫って何もかも分からなくなる。
――どうしてここにいるんだっけ? ここはどこだ。私は誰だ。
分からない。分からないが、不思議と不安はない。ただまどろみの中に揺蕩うように、穏やかで静かで幸せだ。
そうして自分が塗りつぶされる。世界は白に呑まれた。
(→エンディング)




戦闘終了

・"降雨装置"の停止、戦闘終了
「いや、だめ! だめよ」
「私は許されたい! 私は救われたい! 私は幸せになりたい!」
「だめ……」

力なく蹲り、月森葵はすすり泣く。月森日向は、子供が子供をあやすように妹を慰める。
月森葵に巻き付いていた植物は、"降雨装置"が停止したと同時にしなびて枯れたようだ。

それから月森日向は、胸元からガラス容器の小瓶を取り出す。中には透明な液体が揺蕩っている。

「結局俺は、どうしたらいいのかも分からなくて。
だから俺にできるのは、こんなことしかないんだ」

彼は容器のふたを開けると、妹の口をこじ開け、その液体を飲ませようとする。

☆ ここで、月森日向を止めに入るか、傍観するかを探索者に尋ねる。
 → 止めに入る
月森日向は抵抗し、その拍子に小瓶を取り落とす。小瓶は割れ、液体は床にこぼれてしまう。
月森日向の瞳は絶望に染まる。
「もう使い物にならない」と零し、絞り出すような声で「すまない、葵」と告げる。
月森葵は、はらはらと涙を流しながら兄を引き寄せる。
「汚い醜い私を、それでもといって愛してほしかった。ずっと一緒にいてほしかった。
憐れみでよかったの。
でも、駄目みたいだったから。なら、私は、どうしたらゆるしてもらえたの?」
その後、月森葵は御使い四人の殺害容疑で、月森日向は重要参考人として、警察に身柄を拘束されることになる。

 → 傍観する
月森日向が月森葵に"レテの水"を飲ませることになる。
妹は自身の行いをすっかり忘却する。兄を兄とも認識できない。
「どうしてかしら。私、どうして泣いているのかしら」

ほろほろと涙をこぼして、月森葵は不思議そうにしている。
側にいる月森日向を見て、彼女が首を傾げた。

「貴方も泣いているのね。悲しいことがあったんですか?」

そんなことを、彼女は月森日向に尋ねる。月森日向は答えず、ただ静かに涙を流すのみだ。

「これはすべて俺がやった、俺の責任だ」
兄は御使いらの殺害などを、全て自分がやったこととして自首することになる。
忘却した妹を罪に問うのか問わないのかは探索者に任せる。




ひと段落したところで、徳井はその場を去っていく。
「お疲れさん。ひと段落着いたみたいだから俺は帰るぜ」
「ちぃと不完全燃焼だが。あの死体の表情は、水によって齎されたものだってわかったしな」
「ありがとな~」




施設の外に出る

外は雨だ。"降雨装置"は破壊されたため、これは人為的に降らされたものでなく、自然と降った雨だと分かる。
その雨に打たれながら、探索者たちは徐々に徐々に鮮明に、失っていた記憶を取り戻す。

それは喪ってはならない記憶ではなかったか?
◇ 正気度ロール 0/1

それを喪った貴方は、一体何をした?
◇ 正気度ロール 0/1d3

その記憶は苦しみを伴おうとも、逃れられない貴方自身のものだ。
◇ 正気度ロール 0/1d6
(3連続正気度ロール)


「レテの平原」本拠地を出たところに、【苗字名前】が立っている。
探索者たちが確認しても、【苗字名前】が記憶を取り戻した様子はない。
探索者たちの言うことに、不思議そうな顔をしていたが、急に怯えた顔をしてその場で意識を失ってしまう。

【苗字名前】の携帯が鳴る。
これは【関係者】からの着信であり、探索者らが通話に出れば【苗字名前】はどうしているのか尋ね、【苗字名前】を自身の本拠地まで連れてきてくれるよう依頼する。





▲上に

9.【関係者】本拠地

【関係者】の設定に合った本拠地を設定する。探偵事務所、喫茶店、【関係者】の自宅など。

【関係者】は探索者たちをにこやかに出迎える。
【苗字名前】が連れてこられていた場合は、【関係者】が【苗字名前】を寝台に寝かせる。

【関係者】は探索者らに、今も【苗字名前】に記憶を取り戻してほしいと思っているか尋ね、【関係者】自身は取り戻してほしくないと考えていることを明かす。

☆ ここで探索者らに、【苗字名前】に記憶を取り戻させたいか、忘れさせたままにしたいか。元の【苗字名前】に戻ってほしいか、今の【苗字名前】でいてほしいかを選んでもらう。

以下は、シナリオ制作者がプレイ時に使用したもの。適当に流用いただいても構わない。

「思ったより早かったですね」
「少し話をしましょうか」

「貴方方が優秀だということはよく分かりました。
でもまだ足りません。【苗字名前】さんが信頼するに足る人たちなのか?
貴方たちの何が【苗字名前】さんを縛り付けるんだ」

【関係者】はじっと貴方たちの方を見る。

「貴方たちはまだ、【苗字名前】に思い出してもらいたいと思っていますか?」

「僕はね、正直もう【苗字名前】さんはこのままでいいんじゃないかって思ってるんです」

「【苗字名前】さんは僕だけ見ていればいいし、【苗字名前】さんの能力は貴方たちのところよりももっと発揮できる場所があるし、できないことの多い今の【苗字名前】さんも可愛いし。
何より、この普通の人みたいに思い悩んで苦悩して心をすり減らすところ。化け物じみた鋼鉄メンタルだった【苗字名前】さんを思ったら、なんて人間らしくなってくれただろうと感動してしまいませんか」

「正直、見ていられなかったですよ。婚約者が死んだ。同僚が死んだ。なのにその現場を生んだ仕事を未だ続けるなんて、前を向き続けるなんて。どんな異常者ですか?
僕がどれだけ心配しても、『辛い』の一言も言ってくれないんだ。辛さを感じているのすら怪しい。僕が苦労してようやく聞き出せたのは、『寂しい』の一言だけだった」

「だから今の【苗字名前】さんには、すごく凄く安心する」

「僕だって不本意なんです。心がめちゃくちゃなんですよ。感情だけが先走って、理由も分からないのに、【苗字名前】さんが可愛くて可愛くて可愛くて――、ああもっと、苦しむところが見たいな」

うっとりと微笑む。

それから、表情を一転させ、貴方たちに冷めた目を向ける。
「ええ、僕は貴方たちとは違います。【苗字名前】さんを大切になんてしません」
「嫌がらせに決まってるじゃないですか。僕は愛玩していたいだけで、愛してなんていませんよ。僕が【苗字名前】さんに向けるのは、もっとおぞましくて醜い執着、ただそれだけです」

――今となってはその理由も、忘れてしまった。
そう言って、口元をゆがめた【関係者】は、寂しそうに笑う。

「ね。もう解放してあげてくださいよ。
【苗字名前】さんの幸せを思って」

「『レテの平原』、でしたっけ? 幸い、そっちの物騒な企みは防げたのでしょう。
ならいいじゃないですか。このまま、忘れたままで」

にこにこと笑っています。それが彼の言い分のようです。


さて。どうしたいですか?
思い出させたいか、忘れさせたままにしたいか。
元の【苗字名前】に戻ってほしいか、今の【苗字名前】でいてほしいか。
探索者それぞれ、各々に選んでください。PL同士で相談いただいても構いません。


☆ 【関係者】の言い分を探索者らが肯定するのであれば、そのままエンディングへ。
→エンディング

探索者が【苗字名前】の忘却状態を望まないのであれば、【関係者】はその探索者と敵対する。
肯定派、否定派が探索者の中で分かれた場合は、肯定派を【関係者】の味方とした状態で敵対する。


【関係者】に負けを認めさせる

交渉技能のロール、RPによる説得、戦闘のいずれかが試みられる。

戦闘を行う場合、【関係者】は自身のHPの3分の1を失った時点で負けを認める。
戦闘でねじ伏せた場合は、人数の差や暴力的手段に出られたことに不平を言いつつも降参する。

【関係者】が負けを認めた後も、PLがPvPを望んだ場合は、【関係者】が離脱した状態で敵対続行。 あるいは、【関係者】が≪空中浮遊≫の呪文を使用し、忘れさせることに同意していた探索者を拘束状態にする。


・【関係者】の殺害を試みる場合
(以下はシナリオ制作者がプレイ時に用意していた一例です。ご自由に調整ください。)

【関係者】は探索者全員に≪空中浮遊≫の呪文をかける。(基本ルルブp.256)
このとき、≪空中浮遊≫の呪文の発動には時間を要さない。探索者らが本拠地に来た時点で、いつでも発動できるように用意をしていた。
≪空中浮遊≫にかかった探索者は、行動の自由を奪われることになる。抜け出すにはMP対抗ロール。
(呪文使用時のMP消費はAFの使用で補っている。)
【関係者】は探索者らを、2ラウンド後に【関係者】本拠地の外に放り出す。【関係者】本拠地が高所の場合は落下ダメージ。


負けを認めた【関係者】は、【苗字名前】の忘却の経緯を潔く明かし、記憶を取り戻させる手段である"ムネモシュネの燭台"を提示する。

「貴方たちのそういうところが、【苗字名前】さんは好きなんでしょうね」

「【苗字名前】さんはね、貴方たちのこと、本当に気に入ってるんですよ。
貴方たちが【苗字名前】さんの誇りなんです。貴方たちが【苗字名前】さんの居場所なんです」
「僕じゃダメなんです。分かりますか? 分かってますか?」
「僕はよくよく分かっていましたよ、ええ、分かっていました」

深々と溜息をつく。

「【苗字名前】さんの忘却は、僕のせいですけど、僕が狙ってやったんじゃないですよ」
「【苗字名前】さんは僕を庇ったんです」

【苗字名前】の記憶の忘却は、どうやら、教団関係者の手によって、高濃度の"レテの水"を飲まされたことが原因のようだ。
本来【関係者】がその被害を受けるはずだったか、【苗字名前】が庇ったらしい。

「【苗字名前】さんの記憶を取り戻す手段は、すぐに見つけられたんです」
「ご存じでしたか? 「忘却」というのは、記憶を失うことを意味しないんです」
「記憶は無くなるものではなく、ただ思い出せなくなるだけ。思い出せない記憶は、けれども確かに存在しているんだそうです」

「ですからこれは、思い出させる手伝いをするための道具」

そう言って、彼は一つの燭台を取り出す。植物のモチーフがあしらわれた、古びた金属製の燭台だ。
そこには何語なのか、どこの文字なのか分からないが、"ムネモシュネ"と書かれている。
貴方には、それが分かる。
――理解を拒みたくなる。

◇ 正気度ロール 1d2/1d6

「この道具には難点がありまして。
これは使用者の記憶を懸けることで、対象の記憶を手繰り寄せるというものです。賭け金のようなものだと考えると良いでしょう。
貴方たちが【苗字名前】の記憶を取り戻すチャンスは一度だけ。用いたところで、取り戻せるとは限らないんですよね」

「2人、使い物にならなくなりました。僕も、おそらく一番大切なことを忘れてしまった」
「最悪、貴方たちの大切な記憶もなくしたい記憶も全て、根こそぎにされるだけの覚悟はありますか?」
※補足
代償ではないので、勝てば全取りです。


【関係者】の殺害を行っている場合、【苗字名前】の忘却の経緯や、"ムネモシュネの燭台"の情報は【関係者】の遺書として明らかにされる。
【関係者】は自身が殺害されることも可能性に入れながら、探索者と相対し、【苗字名前】を取り戻すことのできる未来を探っていた。


・"ムネモシュネの燭台"の使用
"ムネモシュネの燭台"は、燭台に触れた状態で、そこに書かれている文字――"ムネモシュネ"を読み上げることで、使用することができる。

読み上げた途端、視界は暗転する。
→【苗字名前】を取り戻す




・【苗字名前】を取り戻す

黒、黒、黒。一面の黒がどこまでもどこまでも広がっている。
それは内側にも向いてきて、貴方はまるで、その黒に自身の境界線を脅かされるかのように感じる。

◇ 正気度ロール 0/1

光源は見当たらないが、ものの視認はできるようだ。

探索者のうちの一人は、いつの間にか額縁を持っている。
そこにはパズルのピースがおさまっている。何も描かれていない、ミルクパズルのようだ。
ピースが5つ、欠けている。

ふと。貴方たちの前に道が伸びていることが分かる。
まっすぐに伸びる道は、途中で二手に分かれており、それぞれの道の先には腰ほどまでの高さの台がある。台の上には『何か』が置かれているようだ。

貴方たちは直感する。
これは【苗字名前】の"記憶の欠片"だ。

道は台のさらに先まで伸びている。二つの道は再び一つとなり、その先には扉がある。

――貴方たちは選択しなければならない。
どの"記憶の欠片"を手にし、その扉をくぐるのか。

というわけで、探索者らは【苗字名前】に関わる記憶を選び取りながら、その扉をくぐっていくことになる。

※補足
扉をくぐることで選択完了となる。何も持って行かないことは可能。
選択が正しかった場合、パズルのピースが1つ埋まる。

二択とも事実と誤った"記憶の欠片"を設定した場合、何も持って行かないことが正解となる。
探索者らが正解を選んでいた場合、扉を潜り抜ける際に一迅の爽やかな風が小脇を通り抜ける描写を挟むと親切。

不正解の場合も、記憶の選択を続行する。
不正解が1つでもあった場合、探索者はエンディングを迎えた際に、全員事前回答4の内容を忘れることになる。


・台の上
台に近づいてみれば、その上には"記憶の欠片"が置かれている。
それは【KPの任意】の形をしている。
左右の台とも、置かれている"記憶の欠片"は同じ形をしているようだ。


"記憶の欠片"描写例

以下は、シナリオ制作者がプレイ時に使用したもの。
[例1]
探索者が"記憶の欠片"に触れた瞬間、脳裏に強く思い起こされる光景がある。記憶のフラッシュバックのようだ。
一つおかしなところがあるとすれば、それは自分自身の記憶ではないことだろう。

(左)
きらめく魚の群れがガラス板の向こう側で躍っている。
どうやらここは水族館のようだ。【苗字名前】は、大きなヒトデのぬいぐるみを抱きしめて笑っている。

(右)
きらめく魚の群れがガラス板の向こう側で躍っている。
どうやらここは水族館のようだ。【苗字名前】は、大きなウツボのぬいぐるみを抱きしめて笑っている。

[例2]
集合写真のようだ。

(左)
【苗字名前】を中央にして、(変わってしまった人)と、(同僚)と、(協力者)、(もういない人)と、(もういない人)と、(HO2)と、(HO3)と、(もういない人)と、(HO4)が写っている。

(右)
【苗字名前】を中央にして、(同僚)と、(協力者)と、(HO2)と、(HO3)と、(HO4)が写っている。【苗字名前】の膝の上には、(HO1を連想させる形)のぬいぐるみ。
それから、誰も座っていない椅子が幾つか。左の写真と比べ、人口密度が低い。

[例3]
花、のようだ。
タンポポの綿毛の綿部分を、赤紫の小さな花に置き換えたかのような形をしている。
大きさは、人の拳より一回りか二回りほど大きい。

・≪知識≫の半分か≪博物学≫
アリウムの花だと分かる。花言葉は、正義、正しい主張、無限の悲しみ、不屈の心。

今までは、左右の台の上に置かれた物に差異などなかったが、この花の場合だけ、左の台の上のものが少ししおれている。

・≪目星≫成功
(左)
植木鉢の淵のところに「真実」の文字が刻まれているのに気付く。
(右)
植木鉢の淵のところに「正義」の文字が刻まれているのに気付く。

文字の刻まれている箇所は同箇所なので、一回成功すればどちらの文字も見つけられる。
※余談
"記憶の欠片"に、もういない人の写っている集合写真や、【苗字名前】の精神性を表す花などの形をとらせると楽しいです。楽しかったです。


・扉の通過後
気付けば、貴方たちの後ろに扉はない。目の前にはまっすぐと道が続いている。
先ほどまで手の中にあった"記憶の欠片"はなく、代わりにミルクパズルのピースが一つ埋まっている。
またしばらく行くと、道は二手に分かれており、それぞれの道の先には腰ほどまでの高さの台がある。
(次の"記憶の欠片"選択に移る)




全ての扉を通過した

視界が開け、まばゆさに呑まれる。鼻をくすぐる土の匂いと、頬を撫でる涼しげな風。

そこには、季節を無視した花々の咲く庭園が広がっている。
ガセボ――西洋の庭園によくある、柱に屋根が付いただけのような建物――で、【苗字名前】がティーカップ片手にくつろいでいる。
探索者たちの姿に気付いた【苗字名前】は、その場にいる探索者らの名前を呼んで、何故ここにいるのかと不思議そうにする。
それから何か納得した様子で、「戻ろうか」と言葉する。

ティーカップのお茶を飲み干して、そのカップを机にことりと置いた。
これは彼が愛用していて、ついこの前に割れてしまったはずのティーカップだ。

【苗字名前】は少しだけ名残惜しそうにそのカップを眺めてから、椅子を立つ。

彼は迷いのない足取りで、どこかへと向かう。
辿り着いた先には、石造りの扉が聳え立っている。鍵はかかっていない。
その扉を【苗字名前】は躊躇なく開き、前へと踏み出した。

扉をくぐるとき、懐かしい人の声が聞こえた気がしたが、【苗字名前】が振り向くことはない。

――そして意識は暗転する。



▲上に

10.エンディング

適宜、当てはまるケースでエンディングの処理を行う。
エンディング描写や後日談はお好みのように。

・【苗字名前】を取り戻した
目が覚めた時、そこには記憶を取り戻した【苗字名前】と、戻ってきたことを喜ぶ【関係者】の姿がある。


・"ムネモシュネの燭台"を使用して、1つ以上不正解だった
不正解が1つでもあった場合、探索者は全員、事前回答4の内容を忘れることになる。
これにより忘れた記憶は、特殊な後遺症として、"ムネモシュネの燭台"を用いるかそれに類する特別な手段を用いない限り、二度と思い出すことはない。


・【苗字名前】を取り戻したが、記憶を一部取りこぼした
「【苗字名前】を取り戻す」で不正解だった記憶について、【苗字名前】はすっかり忘却している。
取りこぼした記憶以外の記憶、自身の過去や探索者らの名前などは思い出している。


・【苗字名前】が忘れたままであることを選んだ、あるいは、【苗字名前】の記憶を全て取りこぼした
【苗字名前】は特殊なキャラロストを迎える。
以前のキャラシートを複製し、新しくキャラシートを作成する。以前のキャラシートは使用することができなくなる。

新しいキャラシートでは、以下の処理を行う。
①経験ロールで得た成長をリセットする。
②3d6を振り、出た値をPOWに設定する。
③②で設定したPOWをもとにPOW*5を算出し、その値を現在正気度に設定する。

それを【苗字名前】のキャラシートとして使用する。以前の【苗字名前】はいなくなり、新規探索者としての【苗字名前】が誕生する。


・[降雨装置]のボタンが押され、世界にレテの恵みが降った
探索者らは全員キャラロストとなる。


・締め描写例
さて、貴方たちは自身の信条を、正義を貫き通せただろうか。
貴方は貴方のままでいられただろうか。

全てが元通りとはいかないかもしれない。
これから訪れる変化もあるだろう。
それでも。貴方は貴方としてこの先も続いていく。

誓いのレーテー・終幕





▲上に

11.クリア報酬

・シナリオクリア("降雨装置"の破壊)
2d6の正気度回復

・【苗字名前】を取り戻した
3d4の正気度回復

・事前回答4の記憶を喪失した
2d10の正気度喪失


あとがき

月森葵「神様ありがと♡ 私たくさん頑張りますね♡」
ヴルトゥーム「ワシ、そこまでやれって言っとらん」

夢女子なので夢小説風シナリオを制作しました。名前変換機能つけようかな。血迷っています。
仲良しの探索者さんたちと遊ぶと楽しいタイプのシナリオです。

あるシナリオで、同卓した他PL探索者に自死されて、その喪失が悲しくて悲しくて、自分を救うために制作しました。喪ったものを抱えて前を向いて生きたかった。
個人的には、いつもよりグロも正気度ロールも少な目の、さわやかなシナリオのつもりでした。(が、正気度ロールさせてくれと頼まれたり、ロストする準備だといって日記を書かれたり、発狂中でないのに探索者がパニックに陥ったりしました。……どうして????)

自探索者には存在の冒涜を。他探索者には自我の破綻を楽しんでいただけることかと思います。
記憶にトラウマがあったり、しんどい思いをしている探索者ほど苦しむ傾向があるようです。
かわいそうに。全部忘れさせてあげるね^^

「【苗字名前】を取り戻す」は、それなりにリスクを強いるイベントですので、扱うのが難しい場合や余剰だと思われる場合は、「レテの平原」本拠地を出たところで記憶を取り戻した【苗字名前】と遭遇、で円満エンディングとしていただいて大丈夫です。
なお、制作者としては装置破壊は前座、【関係者】との対立がシナリオ本編、取り戻すのは佳境だと思って書いていました。
その辺は遊ぶ方の解釈に委ねます。

難易度高めの設問をする場合、任意の回数までは間違えても「懐かしい手があなたを引き上げる」などして、救済策を設けていただくと良いかもしれません。
死人の匂わせもできてお得です。

記憶を失った時、その人がその人のままで居られるか、ってところ、キュンとくるポイントですよね。(?)
記憶が失われたとして、その人がその人たる証はどこにあるんでしょう。どうすれば、その人のままで在れるでしょう。
これはロマンの話ですが、その人たらしめるものが「魂」に刻まれていたのなら、それは素敵だなと思っています。

”我々がこの物語を信じるなら、我々自身も救うことになるだろう。
忘却の河を渡っても魂をけがさずに済むだろう。魂が不死で、あらゆる悪にも善にも堪えうるものだと信じるならば、我々は常に向上の道を外れることなく、あらゆる努力を尽くして正義と思慮にいそしむことになるだろう。 そうすることで、生前も死後も、1000年の旅路においても、我々は幸せであることができるだろう。"
  ―― プラトン『国家 正義について』

"探索者"たちに幸あれ!

ここまで目を通してくださり、ありがとうございました!











▽2020/09/12 up

WaKaMuRa
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